大洲城

何の予備知識もなく行ってみた「大洲城」が、予想外に良かったです。

大洲城公式サイト
大洲城は、明治21年(1888)、惜しくも天守が取り壊...

ほとんどのお城が復元といっても鉄筋コンクリート造りで、文化財建造物としての価値が感じられず、タワーと同じような印象のランドマークに成り下がっており、資料館の外観が城の形をしているだけなんだと常々思っていました。
そのため現存天守以外は、建物ではなく展示物に期待して、とりあえず訪問しています。

大洲城もそんなものだと考えておりましたが、ここはとても素晴らしかったです。

大洲城

破風の多い、四層四階の天守(真ん中)

妙に建物が新しいと思ったら、天守は2004年9月に復元工事が完成したものでした。それなのに材料も仕事もしっくりくる…。よく見ると、ちゃんとした漆喰に、木組も伝統工法。しかも和釘が使われています。まさか木材までは…と説明板を見ると、市民手づくりの復元を目指し、できるだけ地元産の調達を目指したことがわかり、感嘆しました!

天守の復元は、慶長年間(1596〜1614年)に建てられたという天守を現代に蘇らせる事業=当時の技術を再現するをテーマに掲げ、多くの人々が様々な分野で挑戦し、その成果がこの天守なのだそうです。

木造で復元された新築天守なんて、ほとんど見られないどころかほぼ聞いたことがないほど貴重です。そのうえ両脇にある台所櫓と高欄櫓(いずれも1970年に解体修理)は重要文化財となっているので、小さい天守ながらも大洲城の見応えは充分にあります。
他にも2つの櫓が重要文化財となっています。

大洲城案内図

お金と材料と技術を揃えるのは、想像もできない苦労があったでしょうね。それでも完成までこぎつけた関係者や、市民の情熱がすごいです。
復元事業に携わった市役所職員の手記を見つけたので、リンクします。

大洲城天守の木造復元、その意義とは
天守甦る愛媛県大洲市。四国の西、愛媛県の西南に位置する人口4万人の小さなまちです。まちの中心を肱川という一級河川が流れ、内陸の盆地でありながら瀬戸内海に出る舟運の拠点として古くから栄えました。 この地を治める時の権力者は肱川沿いの小高い丘を住処として選びました。それが「大洲城」です。鎌倉末期から江戸...
調べて見ると、木造天守の復元は掛川城(静岡県掛川市)が初の試みでした。大洲城は2番目になります。櫓や御殿となると、もう少し数が増えます。

2019.01.27